珍しい三角鳥居が目印!!2000年以上の歴史を持つ日吉大社へ

今回ご紹介するのは、一風変わった「三角の鳥居」が目印の歴史ある日吉(ひよし)大社。

京都から北東へ約20km、琵琶湖の南東に位置する場所に日吉神社は鎮座しています。

広大な敷地に囲まれた境内にはなんと、「まさる様」と呼ばれる我らが祖先のお猿さんもいますよ。広すぎるので、要所をピックアップしてご紹介。

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珍しい三角鳥居がインパクト大!!

日吉大社は全国に3800社余りある日吉・日枝・山王神社の総本宮でもあり、創始はなんと2100年前、つまり紀元前にできた神社ということになります。古事記にも登場している古社で、国の指定特別史跡にもなっています。

しかしながら、創始当初はあまり知られていなかった神社だそうです。その名が広まったのは平安京遷都の頃(794年)、ちょうどこの神社が建つ場所が京都の表鬼門に当たった為、京都の守護として信仰を集めるようになりました。

そんな日吉大社の境内へと足を踏み入れるとまず目に入るのが、三角の形をした鳥居。

普通の鳥居とは違って、鳥居が傘を被ったような形をした特徴のある鳥居です。

なんだか鳥居に三角の山を乗っけたみたいな形をしていますね。このような形になった歴史も気になります。

ふと下を見ると、なんと参道までもが三角になっていました。やはり鳥居にちなんででしょうか??

夕日がちょうど鳥居の方向に沈んできて、とても幻想的な雰囲気でした。

なんでこんな形の鳥居なの??

日吉大社のシンボルマークでもある三角鳥居。いったいなぜこんな形になったのでしょう??

正式名称は「山王(さんのう)鳥居」という名前です。別名では「合掌鳥居」や「破風鳥居」などとも呼ばれています。

冒頭でご紹介したようにこの日吉大社の名前が広まったのは平安京遷都の頃(794年)。ほぼ時を同じくして比叡山に「一乗止観院」という後に比叡山延暦寺と呼ばれる寺院が創設されました。

比叡山延暦寺の創設者でもあり、伝教大師こと天台宗の宗祖「最澄」が日吉大社を天台宗の守護神と取り扱ったことで日吉大社は「山王権現」とも呼ばれるようになり、神仏習合の信仰を集めました。

ちなみに山王権現とは、最澄が中国の天台宗守護神「山王元弼真君」にちなんで名付けられたんだそうです。

話がだいぶ逸れてきましたが、簡単にまとめると明神鳥居は「神」を、上にのっかっている三角は「仏」の合掌を表しており、神仏習合の象徴としてこのような独特な形をした鳥居が出来たという訳です。

境内に「神猿」さまという猿がいる

鳥居をくぐり、西本宮へ足を進めると行く手になにやら檻が見えてきました。

ん?なんかいる??神猿って何??

って、え!?猿がいるじゃん!!

境内になぜか猿が入った檻が。いやはや、どういうことでしょう??

お猿さんのお役目とは??

実はこのお猿さん、日吉大社では神の使いとして崇められており、結構重要な役目を果たしています。

平安京の鬼門(北東)は猿ヶ辻とも呼ばれ、その方角に比叡山が位置しています。比叡山には昔から猿が多く生息していて、いつからか魔除けの象徴として大切に扱われるようになったんだそう。

鬼門を守る猿は、方位の「魔が去る」、何よりも「勝る」として今でも尊ばれています。京都御所の北東の壁には猿の彫刻も施されているので、昔から崇められていたんですね。

ちなみに「神猿」と書いて「まさる」と読みます。

まさるさんは鬼門を守っています。

境内を奥へ進むと西本宮が見えてきます。

ちなみに西本宮の楼門には

まさるさんが四隅に彫刻されています。それぞれ違ったポーズをとっています。支えてたり、ただ座ってたり。

東本宮の参道へ進むと、右手に猿岩なる岩もありました。

右手の赤い柵に囲まれた岩が猿岩。ちなみにどう見ても猿には見えませんよね。その前に写真自体が遠すぎて岩が見えないですよね。

東本宮の楼門。こちらには「まさる」さんはいませんでした。

日本最古の石橋

広い境内には日本最古といわれている石橋もあります。全部で3つあり、日吉三橋とも呼ばれている歴史的にも極めて重要な石橋です。

こちらは二宮橋。他にも2つ大宮橋と走井橋がありましたが、撮り忘れました!!

確かにかなり重厚な作りをしており、最古にふさわしい風貌ですね。

まとめ

いかがでしたか??とても広い境内なので他にも見どころ満載の日吉大社。

秋には3000本のもみじが境内を真っ赤に染め、多くの参拝客でにぎわいます。

ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか

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